1: 名無し
◆タクシー運転手歴60年、82歳川辺さん「卒業」

神戸のタクシー会社「山手モータース」で約60年、運転手として働いた川辺浩三さん(82)=神戸市垂水区=が18日、最後の勤務を終えた。
「こんなに長く同じ会社でタクシーに乗った人はいないんじゃないか」と本人も驚きつつ、無事にドライバー人生を全うしたことに、ほっとした表情を浮かべた。
自身の年齢を考え、3年後の免許更新を機に、マイカー運転も「卒業」するつもりだ。

空調関連会社を辞め、運転手となったのは1958(昭和33)年。
会社員時代は「お金持ちがタクシーを利用する」という印象があり、受け取ったばかりの給料を手に乗車したのが、「山手」のタクシーだった。
運転手と話すうち、待遇の良さにひかれ、転職を決めた。

ハンドルを握り始めた当時、市電は走っていたが、信号機も自動車も少なく、スイスイ走ることができたという。
「車両はルノー。リアエンジンでね。初乗りは70円くらい。神戸から姫路まで行っても1900円ほどだった」

印象に残る客は、歌手沢田研二さんの女性ファン。
神戸でコンサートを終えた沢田さんを伊丹空港で見送ろうと、ファンたちがタクシーに乗って「追っかけ」た。
ところが沢田さんを乗せた車は空港には行かず、どんどん東へ。

他のタクシーの乗客たちが諦め、次々と引き返す中、川辺さんは結局、名古屋まで走った。
「お客さんに神戸まで戻るお金がない、と言われ、本当に困った」と振り返る。

「お客さん相手の商売。気持ちよく乗ってもらいたい」と、車内環境に気を配ってきた。
自身は、たばこを吸わず、座席裏など隅々まで掃除した。
4日に一度はワックスを掛け、車体もピカピカに磨いた。

最後の勤務は18日午前5時から乗り、午後2時ごろ帰社した。
「今日の走行距離は約50キロ。昔は1日400キロ走ることもあった」。

神戸の花街がにぎわった時代や、バブル景気のころに比べると乗客は大きく減った。
それでも「顔見知りのお客さんも多く、辞めるのはさみしい」と話した。

写真:「相棒」の車両との別れを惜しむ川辺浩三さん=神戸市中央区下山手通7
https://www.kobe-np.co.jp/news/kobe/201804/img/b_11176166.jpg

神戸新聞NEXT 2018/4/19 05:30
https://www.kobe-np.co.jp/news/kobe/201804/0011176165.shtml

2: 名無し

3: 名無し
昭和の後期には、三十年落ちの自動車のタクシー運転手なんていたような。
当時では長らく絶滅していた観音開きドアのセダンだった。
さすがにあの人じゃないか。

4: 名無し
まだ運転できるんじゃない?
むしろ癲癇の運転禁止しろよ・・・

5: 名無し
俺が地方局のディレクターでこの話を聞いたら

ドキュメンタリー取っちゃうな

こういう普通のすごい人のラストランっていうのは
絶対人の心を打つに違いない。

そしてクラウンコンフォートを愛す運転手は最高だ!!!!!!!!

10: 名無し
>>5
走る走るおれたたあち

6: 名無し
よく頑張った。感動した。

7: 名無し
ワッパ片手に20年 (´・ω・`)

8: 名無し
タクシーの運転手はリストラおやじの再雇用の場、
若い者が志す仕事じゃない。

9: 名無し
70才くらいの会社タクシーは元運転手で今はバイトとか広島とか多いわな
そのバイトは本当に使えねえのばっかでナビも操作出来んとか
やっぱ広島は警察もダメならタクシーもだめやね

11: 名無し
歳が怖いけど無事に終わったのならお疲れ様
頑張ったなじいちゃん